コラム
マーケティング
コミュニティに必要なのは心理的安全性ではなく居場所感である
更新日:2026/06/08
マーケティングでお困りの方へ
マーケティングでお困りの方へ
施策は実行している。CSにも取り組んでいる。
それでも、どこか噛み合わない。
その違和感は、顧客との関係性が
積み上がっていないことかもしれません。
顧客との関係性を「面」として設計するために、
コミュニティという選択肢を検討しませんか?
施策は実行している。CSにも取り組んでいる。
それでも、どこか噛み合わない。
その違和感は、顧客との関係性が
積み上がっていないことかもしれません。
顧客との関係性を「面」として設計するために、
コミュニティという選択肢を検討しませんか?
目次
「心理的安全性」という言葉、普及しましたね。組織開発やチームビルディングの文脈で、この概念はいまや定番中の定番です。そしてその波は、企業が運営するオンラインコミュニティにも押し寄せています。「コミュニティにも心理的安全性が大事だ」という声は、もはやコミュニティに関連するカンファレンスなら毎回出てくるキーワードです。
しかし、です。心理的安全性は本当にコミュニティに必要でしょうか。
もちろん、心理的安全性は重要な概念です。ただし、それだけではコミュニティという場の本質を捉えきれていないように思います。本記事では、心理的安全性の出自を紐解き、コミュニティに本当に必要なものは何かを考えます。わたしがここで伝えたいのは「居場所感」の重要性です。
なぜ心理的安全性では不十分なのか。居場所感とは具体的に何を指すのか。そしてそれをどうやってコミュニティに実装するのか。順を追って見ていけたらと思います。
それではいきましょう!
心理的安全性とはなんだったのか
心理的安全性がそもそもどこから来た概念なのかを確認しておきましょう。
心理的安全性(Psychological Safety)は、ハーバード・ビジネス・スクールのエイミー・エドモンドソン教授が1999年に発表した論文で提唱した概念です。その定義は、「チームにおいて対人リスクをとっても安全だという共有された信念」というものでした(Edmondson, 1999 https://web.mit.edu/curhan/www/docs/Articles/15341_Readings/Group_Performance/Edmondson Psychological safety.pdf )。
ここで注目すべきは、「チームにおいて」という限定的な表現です。エドモンドソン教授の研究対象は、製造業の51のワークチームでした。メンバーが固定され、共通の目標を持つ業務上のチームです。
心理的安全性は、こうしたチームの中で率直に意見を言い合うことが学習行動を促し、それがチームの成果につながるという文脈で生まれた概念なのです。
この概念が一躍注目を浴びたのは、2012年にGoogleが開始した社内研究プロジェクト「Project Aristotle」がきっかけでした。180以上のチームを2年間にわたって調査した結果、チームの効果性を左右する最大の要因は「誰がチームにいるか」ではなく「チームメンバーがどう協働するか」であり、中でも心理的安全性が最も重要だと結論づけたのです。
この発見は画期的でした。しかし同時に、ある前提が見落とされがちになりました。それは、この研究が「チーム」を対象にしているという事実です。
チームとコミュニティは根本的に違う
ここが本記事の核心に関わるポイントです。「チーム」と「コミュニティ」は、似ているようで構造がまったく異なります。
チームには以下のような特徴があります。メンバーシップは組織から割り当てられます。共通の目標やKPIが存在します。メンバー同士は業務上の相互依存関係にあります。そして、参加は基本的に「義務」です。
一方、コミュニティはどうでしょうか。メンバーは自らの意思で参加します。それぞれの参加目的は異なります。メンバー同士の関係は緩やかで、誰かが発言しなくてもコミュニティの活動が止まるわけではありません。そして何より、参加は「任意」です。興味を失えば、静かに離脱するだけです。
この違いは、単なる程度の差ではなく、質的な差です。チームでは「この人たちと一緒に仕事をしなければならない」という前提があるからこそ、「安心して発言できるかどうか」が死活問題になります。発言を恐れて黙り込めば、チーム全体の学習が止まり、成果が落ちる。だから心理的安全性が最重要になるわけです。
ところがコミュニティでは、そもそもの前提が違います。発言しないメンバーがいたとして、その人は「発言すると罰せられるかもしれない」と怯えているのではありません。多くの場合、「ここに自分が参加する意味があるのかどうか分からない」というケースなのです。
以前チームとコミュニティの違いを論じたnoteがあるので、詳しくはそちらをご覧ください。
コミュニティの敵は「恐怖」ではなく「無関心」
心理的安全性は、本質的には「恐怖の除去」を目指す概念です。発言したら恥をかくかもしれない、失敗を報告したら評価が下がるかもしれない、反対意見を言ったら嫌われるかもしれない。そうした対人リスクへの不安を取り除くことが、心理的安全性の核心にあります。
しかし、コミュニティで最も深刻な問題は、恐怖ではありません。無関心です。コミュニティ運営に携わる方なら実感があるのではないでしょうか。ROM専(Read Only Member、閲覧だけで発言しないメンバー)の多さ、一時的な盛り上がりの後に訪れる沈静化など。これらの課題は、「怖くて発言できない」というよりも、「わざわざ発言する動機がない」ことから生じています。
つまり、コミュニティが乗り越えるべき壁は、ネガティブな感情の排除(恐怖をなくす)ではなく、ポジティブな感情の創出(ここにいたいと思わせる)なのです。
「居場所感」という概念
そこで私が注目するのが、「居場所感」です。
居場所感とは、端的に言えば「自分はここにいていいのだ」「ここには自分の場所がある」という実感のことです。英語では「Sense of Belonging」に近い概念ですが、日本語の「居場所」という言葉には、単なる帰属意識を超えた、「安らぎ」「存在の肯定」「役割の感覚」といったニュアンスが含まれているように思います。
ここで、心理的安全性と居場所感の違いを、シンプルに整理してみます。
心理的安全性は「ここで発言しても罰されない」という信念です。対して、居場所感は「ここに自分がいる意味がある」という実感です。
前者が「恐怖の不在」であるのに対し、後者は「意味の存在」です。
米国のコンサルティング会社Gagen MacDonaldは、心理的安全性と帰属意識(Belonging)を混同する風潮に対して、「両者は重なる部分があるが、明確に異なる概念だ」と指摘しています。心理的安全性が「業務上の協働でいかに率直になれるか」に焦点を当てるのに対し、帰属意識は「人間としての根源的な、他者化(Othering)されないというニーズ」に関わるものだと整理しているのです(Gagen MacDonald, 2023 https://www.gagenmacdonald.com/blog/psychological-safety-and-belonging-arent-the-same-thing )。
居場所感を構成する4つの要素
では、居場所感はどのような要素から成り立っているのでしょうか。ここでは、コミュニティ心理学の古典的な理論を手がかりにします。
デイヴィッド・マクミランとデイヴィッド・チャヴィスが1986年に提唱した「コミュニティ感覚(Sense of Community)」理論は、コミュニティへの帰属意識を4つの要素で説明しました(McMillan & Chavis, 1986 https://www.drdavidmcmillan.com/sense-of-community/sense-of-community-a-definition-and-theory )。
これは4,000件以上引用されている、コミュニティ研究の基盤となる理論です。その4要素を、企業コミュニティの文脈で読み替えてみましょう。
要素1:所属の実感
自分はこのコミュニティの一員であるという認識です。「自分はこのコミュニティの人間だ」と感じられるかどうか。そのためには、コミュニティに独自の文化や言葉、儀式(イベントなど)のようなものが必要です。新メンバーを歓迎する慣習や、共通のハッシュタグ、コミュニティ限定の呼び名など、「内と外の境界」が感じられることが大切です。
要素2:影響の実感
自分の存在がコミュニティに何らかの影響を与えているという手応えです。逆に、コミュニティが自分に影響を与えてくれているという実感でもあります。投稿に対してリアクションがもらえる、自分の意見がきっかけで新しい企画が生まれる、自分の質問に誰かが丁寧に答えてくれる。こうした双方向の影響が感じられると、「ここにいる意味がある」と思えるようになります。
要素3:ニーズの充足
コミュニティに参加することで、自分が求めていたものが得られるという感覚です。情報が得られる、同じ悩みを共有できる、新しいアイデアに触れられる、あるいは単純に楽しい。以前、「タイパ重視の時代にわざわざコミュニティに参加する理由を設計せよ」でも論じましたが、タイパを重視する現代において、メンバーが「ここにいる価値がある」と感じられるだけの価値提供がなければ、居場所感は生まれません。
要素4:感情的なつながり
同じ体験やそれにともなう感情を共有してきたという感覚です。コミュニティの歴史を一緒に歩んできたという実感、一緒にイベントに参加した記憶、困ったときに助けてもらった経験。こうした感情的な共通点が積み重なることで、コミュニティは居場所へと変わっていきます。
この4つの要素を眺めると、心理的安全性が主にカバーするのは第一の要素(メンバーシップの感覚)の一部、具体的には「排除されない安心」の部分dだと考えられます。居場所感とは、そこからさらに踏み込んだ、メンバーの能動的な参加と感情的な結びつきまでを含む、より包括的な概念なのです。
居場所感を育むコミュニティの実践
では、居場所感はどうすれば育めるのでしょうか。理論だけでなく、実践の観点からも考えてみましょう。
まず、「小さな役割」をメンバーに渡すことです。コミュニティ運営者がすべてのコンテンツを提供し、メンバーは受け取るだけ、という構図では居場所感は生まれにくい。メンバーが「新人を歓迎する」「テーマ別の投稿を主導する」「体験談を共有する」といった役割を持てる設計が重要です。時間や労力など、自分の一部を投資したと感じられるからこそ、その場所に居場所感が生まれるのです。
再春館製薬所が運営するファンコミュニティ「ドモホルンリンクル ファンコミュニティ(通称ドモコミュ)」では、リアルイベントのクイズ大会やお茶会を通じて、「自然とリーダー的に話を広げる方や、他の方の話を上手に引き出す方」が浮かび上がったといいます。そうした方々をコミュニティの核として位置づけることで、メンバー同士のコミュニケーションが活性化していきました。
次に、反応の速度と質にこだわることです。コミュニティにおいて最も居場所感を損なうのは「無視」です。メンバーが勇気を出して投稿したのに、何の反応もない。これは「自分はここに存在していないのと同じだ」という存在否定に近い体験です。
運営チームや他のメンバーからの素早いリアクション、共感のコメント、感謝の言葉。これらは小さな行為ですが、居場所感を築くのに不可欠な要素です。以前「放置されたコミュニティは顧客からの信頼を失う」というテーマで論じたように、放置は信頼の毀損に直結します。
三つ目は、「共体験」を意図的にデザインすることです。オンラインでもオフラインでも、メンバーが同じ時間、同じ場で、同じことを体験する機会をつくることは、共有された感情的なつながりを強化します。ライブ配信イベント、限定イベント、新商品の先行体験、年に一度のコミュニティアニバーサリー。こうした共体験は、メンバーの中に「あのとき一緒にいた」という記憶を刻み、それが居場所感の感情的な足場になります。
おわりに
誤解のないようにお伝えすると、私は心理的安全性という概念を否定したいわけではありません。
心理的安全性は「チーム」という密結合の集団のために生まれた概念であり、参加が任意で、関係が緩やかなコミュニティにそのまま適用するには限界があります。コミュニティに本当に必要なのは、「ここにいても大丈夫」という消極的な安心ではなく、「ここにいたい、ここが自分の場所だ」という積極的な愛着、すなわち居場所感です。
そして、居場所感を起点にコミュニティを捉え直すと、運営の問い自体が変わります。「どうすればメンバーが安心して発言できるか」から、「どうすればメンバーがここに居続けたいと思えるか」へ。この問いの転換こそが、コミュニティ運営を次のステージに引き上げる鍵なのではないでしょうか。
マーケティングでお困りの方へ
マーケティングでお困りの方へ
施策は実行している。CSにも取り組んでいる。
それでも、どこか噛み合わない。
その違和感は、顧客との関係性が
積み上がっていないことかもしれません。
顧客との関係性を「面」として設計するために、
コミュニティという選択肢を検討しませんか?
施策は実行している。CSにも取り組んでいる。
それでも、どこか噛み合わない。
その違和感は、顧客との関係性が
積み上がっていないことかもしれません。
顧客との関係性を「面」として設計するために、
コミュニティという選択肢を検討しませんか?



