コラム
マーケティング
【第2回】エンゲージメントの高い「関与したい顧客」はどこにいる? ── なぜ顧客の大半は観客のままなのか
2026/04/30

目次
この連載について
あなたの会社の顧客満足度スコアは、今期も良好な数字を示しているでしょうか。CSAT(顧客満足度)は高水準を維持し、NPSも業界平均を上回っている。
それでも、満足度調査で「非常に満足」と答えた顧客が、翌月には静かに去っていく——そんな経験はないでしょうか。
満足度は、顧客との関係づくりのゴールではありません。むしろ、スタート地点に過ぎない。
では、その先に何があるのか。この連載では、顧客との関係が「満足」を超えて深まっていく構造を、6つのステップで描いていきます。施策のハウツーではなく、構造を理解するための連載です。
- STEP1 顧客満足度
- 満足度の高い顧客が、翌月に去っていく。なぜか。
→詳細はこちら - STEP2 エンゲージメント
- 「エンゲージメントを高めよう」という発想が、すでに的を外しているとしたら?
- STEP3 顧客ロイヤルティ
- あなたの「ロイヤル顧客」は、本当にロイヤルなのか。
- STEP4 ロイヤルカスタマー
- 育成しようとすること自体が、ロイヤル顧客を遠ざけているとしたら?
- STEP5 ファンマーケティング
- 成功事例を模倣するほど、失敗に近づく理由。
- STEP6 コミュニティ
- マーケティングの最終形態は、マーケティングしないことかもしれない。
今回は、STEP2を扱います。
はじめに
前回、私たちは「顧客満足度を上げれば業績は伸びる」という通説を解体することから始めました。CSAT(顧客満足度スコア)やNPS(ネット・プロモーター・スコア)が高水準を維持していても、顧客は静かに去っていく。この「スコアと行動のズレ」の構造的な原因を探る中で、ひとつの仮説にたどり着きました。顧客を動かすのは「満足」ではなく、「関与している」という感覚、すなわちエンゲージメントの層だということです。
この連載は、顧客と企業の関係が深まるにつれて移行していく6つのステージを順に解剖していきます。「顧客満足度」から始まり、「顧客エンゲージメント」「顧客ロイヤルティ」「ロイヤルカスタマーの育成」「ファンマーケティング」、そして最後に「コミュニティ」へと至る。満足があって初めてエンゲージメントが生まれ、エンゲージメントが深まることでロイヤルティが育つ。このような順序と関係性を理解することが、この連載の目的です。
さて、第2回となる今回は、その2つめのステージである、「顧客エンゲージメント」を扱います。
「エンゲージメント」と検索すれば、施策のノウハウが山のように出てきます。メールの開封率を改善する方法、SNSのインタラクションを増やすテクニック、アプリのプッシュ通知の最適化。これらはどれも「エンゲージメントを上げるための手段」として紹介されています。しかし第2回で最初に問い直したいのは、そもそも「エンゲージメントは高めようとして高められるものなのか」という前提です。
その疑念を出発点として、エンゲージメントとは何かを改めて定義し直すところから第2回の議論を始めていきましょう。
「エンゲージメントを高めよう」という発想が、そもそも間違っている
顧客のエンゲージメントを高めるための施策には、多くの企業が毎年予算を投じています。しかし、それらの施策は本当に顧客との関係性を深めているでしょうか。
アメリカの調査・コンサルティング会社ギャラップは、長年にわたって顧客エンゲージメントの研究を続けており、「エンゲージメントしている顧客は、平均的な顧客と比べて、自社への購買比率(シェア・オブ・ウォレット)、収益性、売上、そして関係性の深まりのすべてにおいて23%高い水準を示す」というデータを明らかにしています(出典:Become your customers’ most trusted partner.)。エンゲージメントの経済的価値は、数字の上でも明らかです。しかしギャラップが同時に指摘しているのは、このエンゲージメントが「感情的なつながり」に根ざすものであり、購買のリピートやマーケティング施策への接触量によって生み出されるものではない、ということです。

ここに、多くの企業が陥っている根本的な誤解があると思います。エンゲージメントを「高める」という発想の背後には、一つの暗黙の前提が潜んでいます。それは、「エンゲージメントは施策によって作り出せる」という前提です。顧客のアクション数を増やせば、スコアが上がる。スコアが上がれば、エンゲージメントが高まったと言える。このロジックは一見正しそうに見えますが、エンゲージメントの本質とのあいだに大きなズレが潜んでいるかもしれません。
マーケティング調査会社フォレスターは、2017年に公開した記事の中で「エンゲージメントの盲目的な追求がマーケターを傷つけている」と警鐘を鳴らしました(出典:Blind Pursuit Of Engagement Is Hurting Marketers)。同記事が問題視したのは、多くの企業がクリック数、シェア数、いいね数、コメント数、動画再生回数といった「インタラクション(相互作用)」の集計をエンゲージメントの指標として扱い、それを最大化しようとしていることでした。インタラクションは確かにエンゲージメントの一側面ではあります。しかし、顧客が1秒だけ広告動画を止めた記録も、同じ製品を長年愛用してきた顧客が熱心にレビューを書いた行為も、システム上は「エンゲージメント」として同列に記録されてしまう。数字は増えたとしても、関係性の深さとはまったく別の話なのです。

言い換えれば、「施策によってエンゲージメントスコアを上げること」と「顧客の中に関与したいという感情を育てること」は、構造的に別の仕事だということです。前者は測定しやすく、成果として認められやすい。実際には後者こそが顧客との長期的な関係を左右する本質であるにもかかわらず、数値として表れにくいために後回しにされやすいわけです。
このズレを放置したまま「エンゲージメントを高めよう」と施策を積み上げていくと、奇妙なことが起きてしまいます。社内のダッシュボードにはエンゲージメント指標の数字が並び、改善が報告される。しかし現場では「施策に反応してくれるのは、もともと関心の高い一部の顧客だけ」「大多数の顧客は相変わらず静観している」という状況になっている。実際に、エンゲージメント施策の恩恵を受けているのはすでにエンゲージメントの高い顧客層であることが多い。施策は「関与している顧客をさらに関与させる」ことには機能しても、「関与していない顧客を関与させる」ことにはほとんど機能していない可能性があるのです。
では、この構造的な問題をどう乗り越えればよいのでしょうか。
ひとつの発想転換を提案したいと思います。それは、エンゲージメントを「高めるもの」ではなく「育まれるもの」として捉え直す、ということです。
「高める」という言葉には、企業が主語であるニュアンスが含まれています。企業が施策を打ち、顧客を動かす。しかし「育まれる」という言葉の主語は、顧客の側にあります。顧客の中にすでに存在している「関わりたい」という感情の芽を、企業がどう見つけ、どう応えるか。この視点の転換が施策設計の方針を変えることにつながります。
「どんなキャンペーンを打てば反応が増えるか」という問いが「企業を主語にした問い」だとすれば、「関与したいと思っている顧客はどこにいて、今何を感じているか」というのが顧客を主語にした問いです。後者のような問いを立てることで、施策より先に必要なのは「観察」と「発見」であることが見えてきます。
ただし、観察するためには、そもそも「何を観察すべきか」を知っていなければなりません。エンゲージメントという言葉は広く使われているようでいて、実はその中身が人によって、文脈によって、かなり異なる意味を帯びています。「エンゲージメントが高い顧客」と言ったとき、あなたはどんな状態を思い浮かべるでしょうか。購買頻度が高い顧客? SNSでよく反応してくれる顧客? 自社のイベントに積極的に参加してくれる顧客? これらはいずれも「エンゲージメントが高い」という言葉で表現されますが、その背後にある心理の構造は異なります。実は「エンゲージメント」という言葉には、まったく性質の異なる2つの顔があります。この2つを混同したまま施策を打つことが、多くの企業がエンゲージメント施策の手応えを感じられない理由のひとつである可能性があるのです。
エンゲージメントには「2つの顔」がある
「エンゲージメントが高い顧客」と聞いて、あなたの頭に思い浮かぶのはどんな人でしょうか。
毎月欠かさず購入してくれる顧客。メールの開封率が高く、キャンペーンに積極的に参加してくれる顧客。SNSで「いいね」をつけてくれる顧客。あるいは、ブランドについて熱く語り、友人に自ら薦めてくれる顧客。これらはすべて「エンゲージメントが高い」という言葉で語られますが、その内側にある心理の構造は、まったく異なります。
実は、エンゲージメントには根本的に異なる2つの顔があります。ひとつは「行動エンゲージメント」、もうひとつは「心理エンゲージメント」です。そしてこの2つを混同したまま施策を設計し続けることが、エンゲージメント施策の手応えを感じにくい根本的な原因のひとつになっているのではないでしょうか。
まず、「行動エンゲージメント」から整理しましょう。これは文字通り、顧客の外側に現れる行動として観察・測定できるエンゲージメントです。購買頻度、アプリの起動回数、メールの開封率、イベントへの参加回数、SNSへの投稿数、レビューの件数。これらはすべて「顧客が何をしたか」を示す行動の記録です。ダッシュボードに数値として並べることができ、施策の前後で比較できる。企業がエンゲージメントを語るとき、多くの場合は暗黙のうちにこの「行動エンゲージメント」を指しています。
次に、「心理エンゲージメント」です。こちらは顧客の内側に存在する、感情的・認知的なつながりの深さを指します。「このブランドが好きだ」「この企業の考え方に共感している」「なんとなく自分の一部のような気がする」「誰かに話さずにいられない」。これらは数値として測ることが難しく、施策を打ったからといって翌月のレポートに現れるものではありません。しかし、顧客が自発的に動く原動力は、この心理エンゲージメントの深さにあります。
ブランドエンゲージメント研究の第一人者であるリンダ・ホレビークら(Hollebeek et al., 2014)は、消費者とブランドのエンゲージメントを、思考と吟味による「認知(cognitive)」、感情的な愛着による「感情(emotional)」、費やすエネルギーと時間による「行動(behavioral)」の3層からなる複合的な概念として定義しています(出典:Consumer Brand Engagement in Social Media: Conceptualization, Scale Development and Validation)。エンゲージメントは単一の軸で測れるものではなく、こうした三層が絡み合っているということです。言い換えれば、行動だけ見ても、感情の状態はわからない。感情の状態だけ見ても、行動には結びつかないこともある。この複雑な絡み合いを無視して「行動さえ増えればよい」と割り切ってしまうと、見えなくなるものがあるのです。

たとえば、ポイントカードを持っているから通い続けているスーパーと、そのスーパーが閉店すると聞いたとき「残念だな」と感じるスーパー。購買頻度という行動エンゲージメントは同じでも、心理エンゲージメントの深さはまるで違います。前者は「ポイントが貯まるから来ている」状態であり、より良い条件を提示する競合が現れた瞬間に離脱します。後者は「この店でないと何か物足りない」という感覚を持っており、多少の不便があっても戻ってくる。これが、行動エンゲージメントと心理エンゲージメントの差です。
また、逆のパターンも存在します。行動としての購買頻度は高くないにもかかわらず、心理エンゲージメントは非常に高い顧客というケースです。たとえば、年に一度しか購入しないけれど、そのブランドについて語ることを楽しみ、友人に積極的に薦めている顧客。このタイプの顧客は、行動エンゲージメントの指標だけを見ていると「エンゲージメントの低い顧客」としてセグメントされてしまいますが、実際には強力な伝道師として機能している可能性があるのです。
エンゲージメントを「行動の量」でしか捉えていない企業は、こうした顧客を見逃し続けているかもしれません。そして施策の打ち手も、自然と「行動を増やすためのインセンティブ設計」に集中していきます。ポイントを増やす、クーポンを配る、メール配信頻度を上げる。これらは行動エンゲージメントの数値を動かすことには長けていますが、心理エンゲージメントの深化には、ほとんど貢献しません。それどころか、過剰なインセンティブは「報酬があるから行動する」という構造を顧客に植えつけ、報酬なしでは動かない歪んだ状態に育ててしまうリスクすらあります。
では、心理エンゲージメントを育てることはできないのでしょうか。もちろんできないわけではありません。しかし、そのためにまず知っておくべき事実があります。心理エンゲージメントを持てる顧客は、最初からその素地を持っている場合がほとんどだ、ということです。つまり、作り出すというより、すでにある芽を見つけて育てていくイメージです。次の節では、なぜ多くの顧客がその芽を持ちながらも「観客」のままにとどまるのか、その構造的な理由を探っていきます。
顧客の大半が観客になる3つの構造的理由
エンゲージメントには行動と心理の2つの顔があることを確認しました。しかし、心理エンゲージメントの素地を持っている顧客でさえ「観客」にとどまることが少なくありません。それはなぜでしょうか。
観客でいる顧客は、「やる気がない人」でも「ブランドに無関心な人」でもありません。実際、ウェブ上のコミュニティ行動を研究したニールセン・ノーマン・グループの調査によれば、オンライン上では概ね「90:9:1」の法則が成立すると言われています(出典:The 90-9-1 Rule for Participation Inequality in Social Media and Online Communities)。コンテンツを閲覧するだけの「観覧者」が全体の約90%、ときどき投稿や反応をする「参加者」が約9%、積極的にコンテンツを生み出す「貢献者」はわずか約1%。これはコミュニティに限らず、ブランドとの関係においても似たような構造が働いている可能性があります。問題は、この90%が無関心ということではなく、関与するための条件が整っていないということです。

顧客の大半が観客にとどまる理由は、大きく3つの構造的なメカニズムに整理できます。
1つ目は、「参加コスト」です。
顧客が企業やブランドとの関係において何かアクションを起こすとき、そこには常に心理的なコストが発生します。コメントを書けば誰かに読まれる。レビューを投稿すれば批判されるかもしれない。SNSでシェアすれば、周囲にその企業のファンだと思われる。これらのリスクに対して、行動から得られるリターンが明確に感じられなければ、多くの人は「関与しない」という選択をします。オンラインコミュニティにおける参加障壁については、シェフィールド大学のエリシャ・バランビンらのレビュー研究(出典:Understanding lurkers in online communities: A literature review)において、評価懸念(evaluation apprehension)を含む複数の要因が指摘されています。これは、他者からの評価への不安や、自身の発言価値への不確実性などが、参加を控える理由となりうることを示唆しています。
こうした知見を踏まえると、顧客は無関心なのではなく、関与に伴う心理的コストと期待されるリターンを無意識に比較した結果として、静観している可能性もあります。
2つ目は、「傍観者効果」です。
心理学における傍観者効果(bystander effect)とは、周囲に多くの人がいるほど、個人が行動を起こしにくくなるという現象です。「誰かがやるだろう」という責任の分散が、結果として誰も動かない状態を生む。この現象は、オンラインのブランドコミュニケーションにも働いています。SNSで企業が投稿を出すと、数千人が閲覧します。しかし閲覧者それぞれは「これだけ多くの人が見ているのだから、自分がコメントしなくてもいいだろう」と感じる。あるいは「自分の一言が必要とされているわけではないだろう」という感覚が、行動への一歩を鈍らせます。フォロワーが多いブランドほど、皮肉なことに個々の顧客の「自分ごと感」が薄れやすいという逆説が、ここにあります。
3つ目は、「関与の余白」がないという設計の問題です。
これが、3つの中でもっとも見落とされやすい理由かもしれません。顧客が観客になるのは、企業がそういう舞台を作ってしまっているからです。多くの企業のコミュニケーション設計は、情報を届けることを主眼にしています。メールで告知する、SNSで投稿する、ウェブサイトに掲載する。これらはすべて「企業から顧客への一方向の発信」として設計されており、顧客が関与できる余地がほとんど用意されていません。観客席しかない劇場では、どれだけやる気があっても舞台には上がれません。ところが多くの企業は「なぜ顧客が参加してくれないのか」と首をかしげる。答えはシンプルで、参加できるルートがそもそも設計されていないのです。オンラインコミュニティの参加動態を研究した複数の論文は、人々が観覧者にとどまる理由として「環境要因(environmental influence)」を筆頭に挙げており、コミュニティや接点の設計そのものが参加を促すか阻むかを大きく左右することを示しています(出典:Increasing participation in online communities: A framework for human–computer interaction)。
この3つの構造を並べてみると、ひとつの事実が見えてきます。顧客が観客であることは、顧客側の問題ではなく、企業側の設計の問題である場合がほとんどだということです。「参加コストを下げる設計」「個人の責任感を高める接点のつくり方」「関与できる余白の提供」。これらは設計の話です。
そして、もうひとつ重要な視点があります。90%が観客にとどまっているとしても、その中には「本当は関与したいと思っているが、踏み出せていない」顧客が一定数含まれているはずです。この顧客こそが、次の節で探っていく「エンゲージメントの兆しを持つ顧客」です。施策で作り出すのではなく、すでに存在している芽を見つけに行く。その技術の話をしていきます。
エンゲージメントの兆しを読みとる
エンゲージメントの「兆し」とは何でしょうか。それは、顧客が意図して発信しているわけではないのに、そこに関与したいという感情の片鱗がにじみ出ている行動や言葉のことです。特別なリサーチをしなくても、多くの企業にとってすでに手の届く場所にあるはずです。ただ、それを「兆し」として読む目が、まだ用意されていないだけかもしれません。
具体的に、3種類の兆しを紹介しましょう。
1つ目は、「質の高い問い合わせ」です。顧客からの問い合わせやクレームは、多くの企業にとってコスト発生源として扱われがちです。しかし、問い合わせの内容をよく読むと、そこには2種類が混在していることに気づきます。「動かない」「壊れた」という欠陥の報告と、「こうなったらもっと使いやすい」「こんな使い方もできますか」という提案・探求型の問い合わせです。
後者を送ってくる顧客は、そのサービスや製品を自分のものとして考えている可能性が高い。問い合わせることのコストを払ってでも、関係を深めようとしている顧客と言えるでしょう。Journal of Business Research誌に掲載された研究によれば、改善アイデアを含む問い合わせや長期顧客からのクレームに対して、企業は応答しにくい傾向があることが実験的に示されています。皮肉なことに、最も関与度の高い顧客からのシグナルほど、企業側が見落としているのです(出典:Do they see the signs? Organizational response behavior to customer complaint messages)。
2つ目は、「自発的な文脈の共有」です。コミュニティのコメント欄やレビューの中に、「仕事でこう使っている」「こういう場面で助かった」という、具体的な自分の文脈を語る投稿を見かけることがあります。単に「良かった」「悪かった」という評価ではなく、自分の生活や仕事とそのサービスの関係を語っています。これは、そのブランドが顧客にとってすでに「自分の一部」になっているサインである可能性があります。お気に入りのカフェを友人に紹介するとき、人は単にコーヒーのおいしさを説明するだけでなく、「私はこういう時間を大切にしている」というメッセージも同時に伝えています。カフェを通じて自己表現しているわけですね。この種の投稿は件数こそ少ないかもしれませんが、1件1件が非常に濃い情報を含んでいます。
3つ目は、「トランザクションの周辺にある行動」です。購買や利用という「取引」ではなく、その周辺に生まれる行動に目を向けてみてください。メールマガジンを読んでいるだけでなく、過去のバックナンバーをわざわざ探している。イベントに参加するだけでなく、終了後に感想を送ってきた。インセンティブのないアンケートに詳しく回答してくれた。紹介を依頼していないのに、誰かを連れてきた。こうした周辺行動は、通常の行動エンゲージメント指標にはあまり含まれていません。しかし、これらの行動を取る顧客は、そのブランドとの関係において何か余分なエネルギーを自発的に使っています。その余分なエネルギーこそが、心理エンゲージメントの表れと見ることができるでしょう。

顧客からのすべての声を同質のデータとして扱うのではなく、上の3種類の兆しを持つ顧客を意識的に分類してみる。CRMに「兆しあり」というタグをつけることでもいい。大がかりなシステムは必要ありません。
次に、その顧客に対して「応える」という小さなアクションを試みてみましょう。改善提案の問い合わせに、担当者が個人名で返信する。自発的な文脈共有の投稿に、ブランド公式として丁寧にリアクションする。取引の周辺的な行動をとった顧客に、限定の情報を先に届けてみる。これらは「あなたの声が届いている」というメッセージとして、その顧客の心理エンゲージメントをさらに深める可能性があります。
エンゲージメントからロイヤルティへの転換
この第2回を通じて、「エンゲージメントを高めよう」という発想の盲点を確認し、エンゲージメントが持つ2つの顔を整理し、顧客が観客にとどまる構造的な理由を見てきました。そして最後に、兆しを読むという発想の転換を提案しました。
では、エンゲージメントが積み重なった先には何があるのでしょうか?顧客がブランドとの関係を「自分ごと」として感じるようになり、その感覚が積み重なっていったとき、ある転換が起きます。それが、ロイヤルティの芽生えです。
ここで言うロイヤルティとは、リピート購入のような行動を指しているのではありません。「このブランドでなければならない」という内側からの選択の意志、「離れたくない」という感情、「誰かに薦めずにいられない」という衝動。そういった、顧客の心の中に根づいた愛着のことです。
この感覚は、インセンティブによって生み出すことができません。ポイントを積み上げれば購買頻度は上がるかもしれませんが、そこに「このブランドが好きだ」という感情は伴わないことがほとんどです。BCGが2024年に発表したロイヤルティプログラムに関する調査では、アメリカの消費者は平均15以上のポイントプログラムに加入しているにもかかわらず、プログラムへの関与度とロイヤルティはいずれも低下傾向にあることが示されています(出典:Loyalty Programs Are Growing—So Are Customer Expectations)。報酬で引き寄せた顧客は、より良い報酬が現れたときに離れていく。当然と言えば当然の帰結です。
一方で、特に心理エンゲージメントを積み重ねた顧客には別の変化が起きます。そのブランドや企業との関係が「意味を持つ関係」になっていく。製品の機能や価格を超えたところに、その企業と関わり続ける理由を見出すようになる。こうした状態の顧客は、競合が少々有利な条件を提示しても、簡単には動きません。「なんとなく使い続けている」のではなく、「この企業やブランドであることに意味がある」という感覚を持っているからです。
多くの企業が「ロイヤルカスタマー」と呼んでいる顧客の中に、こうした感情的な愛着を持っていない顧客が相当数混在している可能性はないでしょうか。リピート購入しているから、継続率が高いから、長年の顧客だから、という理由でロイヤルと判定された顧客が、実際には「乗り換える理由が今のところないから留まっている」だけかもしれないのです。
あなたの会社の「ロイヤルカスタマー」は、本当にロイヤルティが高いのでしょうか。第3回では、この問いを軸に、ロイヤルティの構造をさらに掘り下げていきます。


