コラム
マーケティング
AI時代の消費者購買行動モデル「AICAS」を深読みする
更新日:2026/06/08
目次
2026年4月、マーケティング専門メディア「日経クロストレンド」が、500人への独自調査をもとに、生成AI時代の新しい消費者購買行動モデル「AICAS(アイカス)」を発表しました。インターネット時代の購買行動を説明してきた電通グループ提唱の「AISAS」から一歩進んだこのモデルは、生成AIが購買意思決定のど真ん中に入り込んだ時代を体系化したものです。
購買行動モデルは消費者がどのような心理的プロセスをたどって購入に至るかを表したものであり、それはそのまま「企業がどこで消費者と接点を持つべきか」の地図になります。地図が変われば、戦略も変わる。AICASの登場は、そういう意味で無視できません。
この記事では、AICASというモデルを紹介するだけでなく、その背後にある消費者心理の変化と企業にとっての意味を読み解いていきます。
購買行動モデルが複数の方向から同時に更新されているという事実そのものが、今という時代の複雑さを物語っています。
AIDMAからAISASへ、そしてAICASへ
AICASの革新性を正確に理解するためには、過去のモデルとの比較が欠かせません。
最初のモデルは1920年代に登場した「AIDMA(アイドマ)」です。Attention(注目)→ Interest(関心)→ Desire(欲求)→ Memory(記憶)→ Action(行動)という5ステップで構成されるこのモデルは、テレビや新聞などのマス広告が主役だった時代を反映しています。企業が広告で消費者の注意を引き、欲求を育て、行動を促す。その流れは一方向のものでした。
インターネットが普及した2004年、電通はAIDMAを刷新する形で「AISAS(アイサス)」を提唱しました。Attention(注目)→ Interest(関心)→ Search(検索)→ Action(行動)→ Share(共有)という構成です。消費者が自ら検索して情報を取りに行くという能動性と、購入後にSNSや口コミサイトで感想を共有するという「シェア」の概念が加わりました。消費者が情報の受け手から発信者へと変わったインターネット時代を的確に捉えたモデルでした。
そして2026年に登場したのが「AICAS(アイカス)」です。Ask(相談・質問)→ Interest(興味)→ Confirm/Check(確認)→ Action(購買)→ Share(共有)という5ステップから成ります。
ここで最も注目すべきは、AIDMAもAISASも「Attention(注目させられること)」を出発点にしていたのに対して、AICASは「Ask(相談・質問)」を出発点にしているという点です。
なぜ消費者は広告でブランドを知るより先に、AIに「聞く」ようになったのか。この問いへの答えが、このモデルの核心です。
AICASの5ステップを解剖する
AICASを構成する5つのステップを、順番に見ていきましょう。
まず「A:Ask(相談・質問)」です。消費者が「ChatGPTに聞いてみよう」「Geminiに相談してみよう」と生成AIに問いかけることが、購買行動の出発点になります。「プレゼントに何がいい?」「予算3万円で旅行するなら?」「初心者向けのランニングシューズを教えて」。こういった曖昧で対話的な質問から購買が始まるのが、AI時代の特徴でしょう。
次に「I:Interest(興味)」です。生成AIが提示した推奨候補に対して、消費者が「これはよさそうだ」という興味・関心を持つ段階です。従来のモデルにおけるInterestが「広告や店頭での偶発的な出会いから生まれる興味」だったのに対して、AICASのInterestは「自分から聞いた結果として差し出された候補への興味」という点が異なります。消費者がすでに何かしらのニーズを持ってAIに相談しているため、この興味はより目的意識の高いものです。
楽天市場が2026年1月に搭載した「楽天AIコンシェルジュ(Rakuten AI)」では、AIが膨大な商品群の中からわずか数点に絞り込んで提示する設計になっており、この「Interest」を高い確度で生み出しやすい構造が実装されています。
3番目は「C:Confirm/Check(確認)」です。消費者はAIが提示した情報をそのまま鵜呑みにするのではなく、自ら公式サイトや口コミ・レビューサイトを確認するという「検証行動」をとります。別の調査によれば、生成AIの回答を確認した後、半数を超える消費者が検索エンジンでの再調査や公式サイトの確認といった行動をとっていることが明らかになっています。
AIへの相談と自分自身による確認を組み合わせることではじめて納得に至る。この「AIを信頼しながらも最終判断は自分でする」という姿勢が、AICASの示す現代の消費者像と言えるでしょう。
4番目は「A:Action(購買)」。確認・納得のプロセスを経て、実際の購買に至ります。このActionはAISASのそれと同じく購買行動ですが、手前にConfirm/Checkというステップがある分、「気づいた瞬間に買う」衝動買い的な行動とは異なる、能動的かつ慎重な意思決定の積み重ねの末にある購買です。
最後が「S:Share(共有)」。購買後にレビューや口コミを発信します。ただ、AICASにおけるShareはAISASのそれとは根本的に意味が異なります。共有されたレビューや口コミが、次の消費者の生成AIへの質問に対する推奨材料として活用されるからです。「Share」が次の「Ask」に直接フィードバックされるという循環構造。この点は後で掘り下げます。
「Ask起点」が意味すること
AICASで最も重要な変化は、購買行動の出発点が「Attention(注目させられること)」から「Ask(自分から聞くこと)」に変わったことです。この一見シンプルな転換の背後には、消費者の心理に起きた大きな構造変化が隠れています。
現代の消費者は、「選択肢が多すぎる」という問題に直面しています。Amazonで「ランニングシューズ」と検索すれば数千件がヒットし、どれを選べばいいかわからない。比較サイトを見ても情報が多すぎて逆に迷う。この「選べないストレス」は、現代人が日常的に感じているものです。
生成AIへの「相談」は、そのストレスを解消する手段として機能し始めています。生成AIに聞けば、膨大な情報の海から条件に合うものをすぐに絞り込んでくれる。しかもキーワード検索ではなく、自然言語による対話で「もう少し安いものは?」「色はどんなのがある?」と会話を重ねながら絞り込める。この「対話による絞り込み」の体験は、従来の検索にはなかったものです。
消費者がAIに「聞く」行動へと移行している規模は、すでに無視できないほどです。マクロミルと日経クロストレンドが共同で実施した「買い物における生成AIの利用実態調査」によれば、現在生成AIを利用している人の割合は48.3%に達しており、生成AI利用者のうち62.5%が商品・サービスの情報収集や選定に生成AIを活用しているとのことです。単純計算で、日本の成人の約3割が「買い物にAIを使っている」という水準に達しています。
これは、企業にとって何を意味するでしょうか。「Attention起点」のマーケティングにおける最初の関門は「気づいてもらうこと」でした。そのためにテレビCMを打ち、SNS広告を出し、インフルエンサーに発信してもらってきた。しかし「Ask起点」の時代には、最初の関門が変わります。「AIに推奨してもらえるかどうか」が、認知の前に立ちはだかる壁になるのです。
いくら広告費を投下しても、生成AIが候補に挙げないブランドは消費者の視野に入らない。その現実が、じわじわと近づいてきています。
消費者はAIを賢く使っている
AICASのステップの中で、従来の購買行動モデルには存在しなかった独自のステップが「Confirm/Check(確認)」です。消費者はAIの推奨をそのまま受け入れるのではなく、一度立ち止まって自分で検証する。この行動が、ひとつの独立したステップになっています。
AIDMAの時代、消費者は基本的に広告の言うことを信じて店に行きました。AISASの時代には、検索によって自ら情報を取りに行くようになりました。そしてAICASの時代には、AIに聞いた上でさらに自分でも確認する、という二段構えの情報収集が当たり前になりつつあります。消費者はAIを便利な出発点として使いながら、それを全面的には信頼しない。この適度な距離感こそが、Confirm/Checkというステップを生み出しています。
企業にとって重要なのは、このConfirm/Checkのフェーズで消費者がどこを見るか、という点です。公式サイトのコンテンツやコミュニティが充実しているか。口コミやレビューが豊富に存在するか。第三者メディアでの評価があるか。AIの推奨によって「興味を持った消費者」が公式サイトや口コミサイトを訪れたとき、「やっぱりよさそうだ」と思えるだけの情報が整っているか。それが問われます。
言い換えれば、マーケターはこれから「AIに選んでもらうための施策」と「Confirm/Checkフェーズで離脱させないための施策」を別々に考える必要が出てきます。
AIへの最適化だけに目を向けると、確認フェーズで失点する。逆に確認フェーズのコンテンツを整えても、AIに候補として挙げてもらえなければ土俵にも立てない。両面を同時に設計することが求められる時代です。
ShareがまたAIのインプットになる
AICASにおけるShare(共有)は、AISASのShareとは根本的に意味が異なります。この違いを理解することが、今後のマーケティング戦略を考える上で非常に重要です。
AISASのShareは、「購入した消費者がSNSや口コミサイトに感想を投稿し、それを見た別の消費者がブランドを知る(Attentionに)」という流れでした。口コミやUGC(User Generated Content)がクチコミ的に新規顧客の認知に貢献する、という構造です。
しかしAICASのShareには、それに加えて「共有されたレビューや口コミが、生成AIの推奨材料になる」という新しい意味が加わっています。
生成AIは、インターネット上に蓄積された膨大なテキストデータを学習もしくは検索して動きます。レビューサイトの口コミ、ブログの体験談、SNSの投稿、これらすべてが生成AIのナレッジベースを形成します。あるブランドに関するポジティブなレビューが多ければ、生成AIは「このブランドは評判がよい」と認識して推奨しやすくなる。逆に、ネガティブな投稿が多ければ、推奨されにくくなる可能性があります。
「Share」が「Ask」に直接フィードバックされる構造。これがAICASにおけるShareの新しい意味です。さらに言えば、Confirm/Checkフェーズで消費者が参照する口コミもShareによって生み出されるものです。
つまりShareは、次の購買者のAsk(起点)とConfirm/Check(検証)の両方に影響を与えるのです。
これは企業にとって、以前にも増してレビューや口コミの管理が重要になることを示しています。顧客に積極的にレビューを書いてもらう施策、寄せられたフィードバックへの誠実な対応、ネガティブな声への適切なコミュニケーション。これらは「消費者がAIで相談した時に候補に入るかどうか」と「確認フェーズで選んでもらえるかどうか」の双方に直接影響します。
AIに選ばれるブランドとは
AICASが提示するモデルを踏まえると、企業には非常に根本的な問いが突きつけられます。それは「自社のブランドは、AIに選ばれるものになっているか?」という問いです。
従来のマーケティングにおける「認知」の重要性は今後も変わりません。しかしAICASの登場によって、その認知の「経路」に変化が生まれています。消費者が「AIに聞く」という行動から入ることで、生成AIというフィルターを通じて初めてブランドを「認知」するケースが増えています。広告を見る前に、AIが候補から外してしまっている。そういう事態が現実になり始めているのです。
では「AIに選ばれるブランド」になるためには、何が必要なのでしょうか。
まずデジタル上の情報の量と質です。生成AIは、インターネット上に存在する情報を元に推奨します。公式サイトのコンテンツが充実しているか、商品説明が明確か、ブランドのストーリーが語られているか。これらが生成AIに「このブランドはよい」と認識させることになります。
次に、第三者評価の積み上げです。口コミ、レビュー、メディア掲載、専門家の評価。こうした「他者の声」は、生成AIにとって推奨の根拠になりやすい情報です。自社が「うちの商品はすばらしい」と発信するよりも、顧客や専門家が「このブランドがよかった」と言っている情報が多い方が、AIには信頼されやすい。
そして、一貫性とブランドの文脈です。生成AIは、断片的な情報ではなくブランドの全体像を読み取ります。商品のカテゴリ、ターゲット、価格帯、評判、コンセプトが一貫して伝わっているブランドほど、「このブランドは○○を求める人に向いている」と正確に推奨しやすくなります。逆に、発信する情報が一貫していないブランドは、AIが「どんな人に薦めるべきかよくわからない」と判断して候補から外すかもしれません。
今後の購買行動において、上記のような方法を駆使して生成AIの推奨候補に入ることが、商品・ブランドの認知や選択に直結するでしょう。
AEOという新しい戦場
AEOとは「AI Engine Optimization(AI検索最適化)」の略で、生成AIによる推奨に対してコンテンツや評判を最適化するという考え方です。かつてウェブサイトをGoogle検索に最適化するための「SEO」があったように、今度は生成AIの推奨に最適化するための施策が必要になる、というものです。
従来のSEOが「キーワードをどう盛り込むか」を中心に考えていたとすれば、AEOは「AIが推奨したくなるようなコンテンツと評判をどう積み上げるか」を考えます。AICASのフレームで言えば、AskフェーズでAIが候補に挙げてくれるために情報を整え、Confirm/CheckフェーズでAIの推奨が裏付けられるようなコンテンツと口コミを充実させ、ShareフェーズでポジティブなUGCが積み上がる仕組みをつくる。この三つを連動させることが、AEOの本質となるでしょう。
楽天市場のAIコンシェルジュ「Rakuten AI」の検証によれば、楽天内部の商品説明文よりも外部のウェブ情報(一般的な評価・レビュー・ランキングなど)がAIの推奨に影響していることが判明しています。ウェブ全体での評判を管理することが必要になったということでしょう。
また株式会社Salesforceは、「AIが最も高く評価するのは、専門家と一般消費者の両方から一貫して支持されているブランド」だと指摘しています。プロフェッショナルからの評価と一般消費者からのクチコミ、この両輪が揃っているブランドがAIに選ばれやすい。これはB2C・B2B問わず、あらゆる業種に共通する示唆でしょう。
AICASが示す購買モデル全体をAEOの視点で見直すと、「広告→認知→購買」という直線的な発想から、「情報の蓄積→AIによる推奨→消費者による確認→購買→情報の蓄積」というサイクル的な発想への転換が求められていることがよくわかります。AIに選ばれるためのブランドづくりは、もはや中長期の重要テーマとして経営レベルで考えるべき段階に入ってきているのではないでしょうか。
おわりに
AICASというモデルを読み解く中で、わたしが最も重要だと感じたのは「購買行動の主導権がどこにあるか」の変化です。
AIDMAの時代、主導権は企業側にありました。広告でAttentionを生み出し、消費者の頭の中にブランドを刷り込む。AISASの時代には、主導権は消費者に移りました。自分で検索して、比較して、SNSに共有する。そしてAICASの時代には、主導権はAIと消費者の協働に移りつつある。消費者はAIとの対話を通じて興味の起点を得て(Ask→Interest)、自分でそれを検証し(Confirm/Check)、納得した上で購入する(Action)。

この構造変化において、企業に求められるのは「AIと消費者の両方から選ばれること」です。AIは情報を整理して候補を提示しますが、最終的に購入するのは人間です。そしてその人間は、AIの言葉を盲信せず、Confirm/Checkという行動で自ら納得を求めます。「AIの目」と「人間の目」の双方に訴求できるブランドが、これからの時代を生き残っていくことになるでしょう。


