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コミュニティは自走しない。目指すは共走。

更新日:2026/06/08

コミュニティは自走しない。目指すは共走。
コミューン編集部

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マーケティングでお困りの方へ

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施策は実行している。CSにも取り組んでいる。
それでも、どこか噛み合わない。

その違和感は、顧客との関係性が
積み上がっていないことかもしれません。

顧客との関係性を「面」として設計するために、
コミュニティという選択肢を検討しませんか?

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それでも、どこか噛み合わない。

その違和感は、顧客との関係性が
積み上がっていないことかもしれません。

顧客との関係性を「面」として設計するために、
コミュニティという選択肢を検討しませんか?

コミュニティ運営に携わる方であれば、一度は「自走」という言葉に希望を感じたことがあるかもしれません。

メンバー同士が勝手に盛り上がり、運営はそれを遠くから眺めていればいい。そんな未来を夢見て、日々の運営を頑張っている方もいるでしょう。

しかし、結論から申し上げます。コミュニティは自走しません。

これは悲観的な話ではありません。むしろ、「自走」という幻想を手放すことで、コミュニティ運営の本当の面白さと、運営者が果たすべき役割の本質が見えてくるという話です。

それではいきましょう!

「自走」という言葉が生む危険な誤解

まず、「自走化」という概念がどこから来たのかを振り返ってみましょう。
コミュニティマーケティングの文脈では、AWS(Amazon Web Services)の日本市場立ち上げに携わった小島英揮氏が、ユーザーコミュニティ「JAWS-UG」の成長プロセスを説明する際に「自走化」という表現を使ったことが知られています。

小島氏は「コンテキストファースト」「アウトプットファースト」「オフラインファースト」という3つの原則を掲げ、コミュニティが各地域で「株分け」しながら拡大していくモデルを提唱しました。

※関連記事: 【小島英揮】コミュニティ拡大の上でやるべきこと、避けるべきこと

このモデル自体は非常に示唆に富んでいます。しかし問題は、「自走化」という言葉が一人歩きしてしまっていることです。一部のコミュニティ担当者は「自走化=運営の手離れ」と解釈し、「運営コストは限りなくゼロに近づいていく」という期待を持っているほどです。

この誤解は根深いものがあります。現実として、コミュニティは自走しません。自走化という言葉を「ユーザー中心の活性化」と言い換えるのが現実的でしょう。それは、メンバーが主体となったコミュニティになり活性化のサイクルができること。運営は手をかけるべき場所が変わるだけ。

コミュニティの自走を車の自動運転のように捉えている人もいます。しかし、コミュニティは自転車だと思ったほうがいいでしょう。コミュニティが活性化して電動自転車になって楽になる部分もあるかもしれません。しかし、自転車である限り、漕ぎ続けること、次の道を決めて自分でハンドルを切ることはどこまでいっても必要なのです。

「自走」という言葉は、コミュニティの到達点を誤って設定させてしまう危険な考えであると言えるでしょう。

コミュニティを因果ループで捉えてみよう

では、なぜコミュニティは自走しないのか。言い換えれば、なぜ運営の手を離れるとコミュニティは衰退するのでしょうか。ここでは、システム思考の因果ループという考え方を使って、そのメカニズムを構造的に理解してみましょう。

コミュニティが健全に機能しているとき、そこには「増幅ループ」と呼べる好循環が回っています。順を追って見ていきましょう。

まず、運営がコミュニティに介入します。たとえば投稿のテーマを設定する、メンバーの発言に反応する、新しく参加した方を紹介する、場のルールを明文化する、といった行為すべてが「介入」にあたります。

この介入によって、メンバーの安心感が高まります。「ここでは発言しても大丈夫だ」「変な空気にはならない」という期待値が安定するからです。安心感が確保されると、メンバーは投稿や参加という行動を起こしやすくなります。心理的なハードルが下がるわけですね。

投稿が生まれると、それに対して他のメンバーからの反応がつきます。「いいね」やコメントなどの共感の表現です。この反応が、投稿したメンバーに「ここにいてもいいんだ」という承認の感覚を与えます。

こうしたやり取りが繰り返されるなかで、メンバー間に「関係性」と「文脈」が蓄積されていきます。「あの人はこういう課題を持っている」「前回のイベントではこんな話が出た」といった暗黙知が場に溜まっていくのです。

関係性と文脈が蓄積されると、「何を話せばいいか」「どんな貢献ができるか」が明確になっていき、メンバーの自発的な行動が増えていきます。自分から投稿する、他のメンバーの質問に答える、イベントを企画する。こうした動きが生まれるようになります。

そしてここが重要なポイントです。この自発的な行動が増えたことで、運営が行うべき作業の「一部」は確かに楽になります。しかし、それは運営の仕事が「なくなる」こととは根本的に異なります。

この好循環の出発点に注目してください。それは「運営の介入」です。この出発点がなくなるとどうなるか。それが「抑制ループ」、つまり悪循環です。

運営の関与が薄れると、まず場の期待値が不安定になります。「ここは何をする場だったんだろう」「最近、運営からの反応がない」。こうした小さな不安が積もっていきます。

期待値が揺らぐと、投稿の頻度が減ります。反応が減り、承認の感覚が薄れ、場の価値を感じにくくなる。すると、新たな投稿はさらに減る。この負のスパイラルは、一度始まると驚くほど速く進行します。

コミューン社が運営支援のなかでも繰り返し強調しているのが、この「運営リソースの軽視」の危険性です。同社のコラム記事でも、「立ち上げれば自然に回るという期待も、失敗につながる要因」であり、「投稿への返信、議論の整理、参加者同士の橋渡しなど、地道な運営活動があって初めて関係性は醸成されます」と指摘されています。

※関連記事: コミュニティ運営の失敗事例を学ぶ。よくある原因・兆候・立て直し方を実務視点で解説

運営・メンバー・プロダクトの三位一体

次に考えたいのは「では運営は具体的に何をし続けるべきなのか」という問いです。ここで有効なのが、コミュニティを「運営(ホスト)」「メンバー」「プロダクト(場の設計)」の三者の役割分担によって支えられる構造体として捉える視点です。たとえば以下のようなイメージです。

  • 運営の役割:目的の設計、場のルールづくり、温度管理、定例イベントや企画などの設定、成果の可視化、そしてメンバー間の摩擦のケアなど。

  • メンバーの役割:語ること、助け合うこと、企画を提案すること、場の文化を体現すること、そして暗黙知を共有することなど。

  • プロダクトの役割:投稿しやすい導線、適切な通知設計、検索性やアーカイブ性の確保、権限管理、新しいメンバーが迷わないオンボーディング体験など。

コミュニティが成熟していくにつれて、この三者の「比重」は確かに変化します。初期はどうしても運営の比重が大きくなります。場のルールもまだ確立されておらず、メンバー同士の関係性も薄い段階では、運営が積極的に場を温め、盛り上げ、方向づけをする必要があるからです。

成長期に入ると、メンバーの比重が増していきます。コアなメンバーが自発的に投稿し、新しいメンバーを歓迎し、運営に代わって場の文化を言動で伝えてくれるようになります。この段階を見て、「自走が始まった」と感じる方が多いでしょう。

しかし、ここが最も重要なポイントです。メンバーの比重が増えたとき、運営の仕事は「減る」のではなく「変わる」のです。

初期の運営が「盛り上げ役」だとすれば、成熟期の運営は「編集長」であり「庭師」です。どの話題を目立たせるか。どのメンバーの声を拾い上げるか。場の空気が偏っていないか。新しいメンバーが入りにくい雰囲気になっていないか。こうした繊細な調整は、むしろコミュニティが成熟するほど高度なスキルを要求します。

たとえば、コミュニティが大きくなると、古参メンバーの結びつきが強くなりすぎて新規メンバーが溶け込みにくくなる「内輪化」が起こりがちです。これは社会学でも指摘される現象で、放置すると新陳代謝が止まり、コミュニティは緩やかに縮小していきます。このとき、運営に求められるのは「場をもっと盛り上げること」ではなく、「新旧メンバーの橋渡しとなる仕掛けを設計すること」です。

そしてプロダクト(場の設計)も、フェーズごとに進化が求められます。初期に十分だった導線設計が、メンバー数が10倍になった段階でも同じように機能するとは限りません。検索性、通知の粒度、テーマ別のトークルーム、アーカイブへのアクセス。こうした設計の継続的なアップデートがなければ、メンバーの体験は徐々に劣化していきます。

三者のうち、どれか一つでも欠ければコミュニティは崩れてしまうのです。とくに運営による介入が減少すれば、「この場は何のためにあるのか」という意味づけが見失われ、コミュニティは求心力を失います。

二軸マップで「共走」状態を明確にする

ここまでの議論で、「コミュニティは自走しない」ということの構造は見えてきたかと思います。しかし現場では、もう一つ厄介な問題があります。それは、「自走」という言葉の定義が人によって異なるために、議論が噛み合わないという問題です。

経営層が「自走」と言うとき、それは「運営コストの削減」を意味していることが多いです。現場の運営担当者が「自走」と言うとき、それは「メンバーが能動的に動いてくれる状態」を意味しています。メンバー自身が「自走」と言うとき、それは「自分たちの自由にやれること」を意味しているかもしれません。

この定義のズレを放置したまま「自走」についてディスカッションをしても、全員が違うゴールに向かって走ることになってしまうでしょう。そこに共通の地図が必要なのです。

ここでは二つの軸を使ってコミュニティの状態を整理します。

横軸は「運営の関与の質」です。注意していただきたいのは、これは「作業量の多さ」ではなく、設計・編集・ケアといった質的な関与の深さを指しています。

縦軸は「メンバーの主体性」です。メンバーが自ら発信し、企画し、助け合い、場の規範を形成している度合いを表します。この二つの軸で四つの象限をつくると、コミュニティの典型的な状態が浮かび上がります。

まず、左下の象限。運営の関与が低く、メンバーの主体性も低い状態です。これは「過疎」の状態です。場としての意味が薄く、存在はしているが誰も来ない。開店休業状態と言えます。

次に、右下の象限。運営の関与は高いがメンバーの主体性が低い状態。これは「運営主導」の状態です。運営が企画を打ち、集客し、盛り上げる。しかし、運営が動かなければ何も起こらない。燃費が悪く、運営者が疲弊しやすい状態です。

そして、左上の象限。これが最も注意が必要な状態です。運営の関与が低く、メンバーの主体性が高い。一見すると理想的に見えます。「自走している」と言いたくなる状態です。しかし、運営の設計力が欠如しているこの状態は、実は非常に脆いのです。なぜ脆いのか。いくつかの理由があります。

第一に、場の方向性がブレやすくなります。メンバーそれぞれの関心に引っ張られて、コミュニティの目的から逸脱していくリスクがあります。株式会社コミュカルの代表であるMitz氏も、「参加者側が自由に動かした結果、コミュニティが荒れた状態になってしまう」リスクや、「運営企業側の目的と著しく異なる方向にコミュニティが動いてしまう」リスクを指摘しています。

※関連記事: 自走化は必要?不要? 〜コミュニティ運営における本質的な視点〜

第二に、文化の劣化が起こります。適切な文化や世界観が継承されず、場の空気が変質していくのです。新しいメンバーが「ここは居心地がいい」と感じるために必要な温かさや秩序は、運営が意識的に守らなければ自然に失われていくものです。

第三に、コアメンバーへの負荷集中が起こります。運営がいないぶん、一部の熱心なメンバーが場を支える「ボランティア運営者」のような立場に追い込まれます。これは持続可能ではありません。ミシガン大学の研究では、オンラインコミュニティのボランティアモデレーターが日々の対人的な葛藤によってバーンアウトを経験し、離脱に至るケースが報告されています(参考:https://news.umich.edu/online-content-moderators-likely-to-experience-burnout-u-m-study-suggests/ )。

では、目指すべきはどこか。それは右上の象限です。運営の関与の質が高く、メンバーの主体性も高い状態。ここでは運営は「やることが減る」のではなく「やることが変わっている」のです。盛り上げ役から、設計者、キュレーター、ファシリテーターへと進化している。メンバーは主体的に動いているが、それは運営の設計があるからこそ、安心して動ける。

この右上の象限を、私たちは「自走」とは呼びません。あえて名前をつけるなら「共走」でしょうか。運営とメンバーが、それぞれの役割を果たしながら、一緒に走っている状態。どちらかが止まれば、コミュニティは減速するのです。

おわりに一言

コミュニティは、運営とメンバーが一緒に漕ぐタンデム自転車(TOP画像)です。漕ぎ続けるからこそ前に進み、ハンドルを握り続けるからこそ方向を保てます。ペダルを漕ぐ力がメンバーに移っていくことはあっても、ハンドルを握る人がいなくなっていいわけではないのです。

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それでも、どこか噛み合わない。

その違和感は、顧客との関係性が
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それでも、どこか噛み合わない。

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