ヤマハ発動機株式会社

「売らない」顧客研究が、なぜ事業を動かしたのか。
ヤマハ発動機「Yamaha PAS Life」が挑んだBtoBtoCの新しい顧客理解

「売らない」顧客研究が、なぜ事業を動かしたのか。ヤマハ発動機「Yamaha PAS Life」が挑んだBtoBtoCの新しい顧客理解
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販売店やディーラーを介して製品を届けるBtoBtoCの事業では、メーカーがお客さまの購入後の生活を直接、継続的に知ることは簡単ではありません。市場調査やアンケートで把握できるのは、特定の時点を切り取った情報になりやすく、日常の使い方や感情の変化、その背景にある生活までは捉えきれないことがあります。

ヤマハ発動機株式会社は、この壁を越えるため、2023年9月に電動アシスト自転車「PAS」のユーザーコミュニティ「Yamaha PAS Life」を開設しました。特徴的なのは、事業部門の販売施策ではなく、クリエイティブ本部による「人間研究・顧客研究」として始めたことです。

短期的な売上を直接の目的にせず、人はなぜコミュニティに集まり、つながり、熱中するのかを探究する。その取り組みから、お客さまの声を起点とした商品化、購入検討者の意思決定、部門を越えた顧客理解など、事業につながる変化が生まれました。

「売らない」顧客研究は、なぜ商品開発や社内の意識を動かしたのでしょうか。「Yamaha PAS Life」の立ち上げと実践、製造業におけるコミュニティの可能性を、木下拓也氏と永田智美氏に伺いました。
インタビュイー
・ヤマハ発動機株式会社 取締役 上席執行役員 技術管掌 / 前・クリエイティブ本部長 木下拓也氏(右)
・ヤマハ発動機株式会社 技術研究デザイン本部 UXデザイナー 永田智美氏(左)

課題

  • 販売店・ディーラーを介するBtoBtoC構造の中で、購入後のお客さまの使い方や感情を継続的に把握しにくかった
  • 従来の調査は特定時点の情報になりやすく、生活や意識の変化を追うことに限界があった

活用方法

  • 2023年9月、クリエイティブ本部(現・技術研究デザイン本部)主導で、「人間研究・顧客研究」として電動アシスト自転車「PAS」ユーザー向けコミュニティ「Yamaha PAS Life」を開設
  • UXデザイナーが部門間をつなぎ、コミュニティのUGCや社内ワークショップを通じて、生活者の声を社内へ届けた
  • コミュニティの盛り上がりに合わせ、生のUGC数百枚をそのまま印刷して行う社内ディスカッションなど、徹底的な顧客研究・顧客理解を行った

成果/これからの目標

  • 黒シートに対する「子どもの岩盤浴か」という強い生の声を起点に、社内の固定観念(汚れやすさ)を覆してホワイトカラーのチャイルドシートを市販化
  • 会員の約3割を占める未購入者(検討層)に対し、ユーザー同士の本音の投稿や生活風景を見せることで「不安→安心→共感→憧れ」を生み、他社からのブランドスイッチも生む
  • 活動は複数部門へ広がり、事業部主導の定点リサーチの場への移行が進んでいる

「売上KPI」は追わない。ヤマハ発動機が「顧客研究」からコミュニティを始めた理由

――まず、「Yamaha PAS Life」を立ち上げたきっかけについて教えてください。

木下:もともとこの取り組みは、事業部のマーケティング施策として始まったものではありません。私が去年まで本部長を務めていたクリエイティブ本部において、「人間研究」というテーマの一環としてスタートした研究活動でした。

当社の企業理念は「感動創造企業」です。人が何に感動し、どう熱中するのかを研究する際には、個人の身体や感情を捉えるアプローチだけでなく、人と人とのつながりや共感の中で、どのような幸せが生まれるのかを捉えるアプローチも必要です。

ヤマハ発動機 木下拓也氏

私たちは、人間のバイオマーカーやフロー状態を扱う研究と並行して、人が集まる場で何が起きているのかも研究してきました。例えば、当社のレースサポートプログラム「BLU CRU(ブルークルー)」の事例では、他社とは異なり、単に勝つことだけが目的ではなく、「負けても乗ること自体を楽しむコミュニティ」として機能していたのです。

勝っても負けても週末バイクに乗って楽しむという関係性がなぜ生まれるのか。こうした人の集まりや繋がりの中で何が起きているのかを解明するため、自らコミュニティを構築して観察・研究しようと考えたのが始まりです。

――一般的なマーケティング活動のように、販売数や会員数を最初のゴールにしなかったのでしょうか。

木下:もちろん企業活動ですから、最終的には事業へつなげる必要があります。ただ、最初から売上や短期的なマーケティング結果をゴールに設定してしまうと、本質的な顧客の行動変容や熱量のメカニズムが見えなくなってしまいます。

コミュニティの中でどういう人が熱中し、どういう人がリーダーシップを発揮するのか。それはなぜなのかを分析・解明することを目指しました。研究としてのゴール設定も、最初からカチッと決まっていたわけではなく、半期ごとにコミュニティ内の顧客の状態変化を報告し合いながら、ゴールをどう設定するかを毎年議論して探っていきました。

もちろん、企業活動である以上いつかは事業部へ繋げようという意識は当初から持っていました。しかし、短期的な答えを急がず、純粋な顧客理解から始めたことが、結果として事業につながる発見を生んだのだと思います。

Yamaha PAS Lifeの画面イメージ

BtoBtoCの壁。見えていなかった「購入後の日常」

――電動アシスト自転車(PAS)の事業において、当時どのような課題感や限界があったのでしょうか?

永田:当社の製品は主に販売店様やディーラー様を経由してユーザーに届くため(BtoBtoC)、購入していただいたお客様が、日々の生活でどのように使い、どんな感情を抱いているのかという購入後のリアルな体験に直接、継続的に触れる手段が限られていました。

木下:従来の製品開発プロセスでも、モデルごとに市場調査はもちろん行っていました。しかし、製品開発に2年かかるとすれば、その調査は2年前の特定時点のお客様のスナップショットに過ぎません。

アンケート調査では、どうしても購入後の後付けの説明になりやすく、日常の中でのリアルな使い方の変化や、時系列での意識の変化を継続的に追いかけることができませんでした。

一方、開発現場には、製品を熟知している自分たち自身が最大の顧客であるという職人気質の自負もあります。それはものづくりの強さですが、自分たちが考える顧客目線が、本当に生活者の目線と一致しているかは問い続けなければなりません。お客さまの日常を継続的に見られる場は、自社の思い込みを見直すためにも必要でした。

ヤマハ発動機 コミュニケーションプラザ外観

UXデザイナーが、顧客と社内をつなぐ架け橋に。複数部門を巻き込んだ「本音の場づくり」

――なぜマーケティング部門ではなく、UXデザイナーがコミュニティに入って運営したのですか?

木下:「なぜデザイナーがコミュニティをやっているんだ?」という疑問は、社内からも最初に出ていました(笑)。

しかし、デザインは製品の形や色を決めることだけではありません。徹底してお客さまの立場に立ち、人の課題を解決し、より良い行動変容を生み出すこともデザインです。その意味で、コミュニティはUXデザインと非常に近い活動です。

もう一つ重要なのが、部門間をつなぐ役割です。営業は販売数字、開発は技術や設計、商品企画は市場性など、それぞれ異なる責任とロジックを持っています。そこに特定部門の利害に偏らないUXデザイナーが入ることで、どちらかの主張を通すのではなく、お客さまの声を中心に対話するための架け橋になれました。

――事業部や社内メンバーを巻き込むために、具体的にどのような仕掛けを行ったのですか?

永田:事業部メンバーに顧客の生の声を感じてもらうため、ワークショップの「場」「座組み」「やり方」の3つに徹底的にこだわりました。

まず「場所」については、普段の殺風景で無機質な執務室を離れ、イノベーションセンターの専用ルームや汐留・横浜などの社外オフィスへ移動し、開放感をもって本音で話せる空気を作りました。

次に「座組み」の工夫として、当日は上司も部下も関係なく全員ニックネーム制で参加してもらい、役職や年齢の垣根を超えてフラットに対話できる環境を整えました。

さらに「やり方」に関しても、コミュニティに投稿されたユーザーの声(UGC)を一切編集・加工せずに数百枚そのまま印刷して持参しました。挨拶文から日常の雑談投稿まで、生の投稿をそのまま机一面に敷き詰め、気になる声を自由にピックアップしてグループでディスカッションしてもらったのです。

社内を巻き込むうえで、あえて社内技術展でコミュニティ活動を展示したり、活動内容をニュースリリースとして社内外に配信したりしました。

社内外へ継続的に情報発信を行う中で、「自分たちもこのような顧客理解に取り組んでみたい」「ユーザーの声をもっと社内に届けたい」といった声が、部門を超えて寄せられるようになりました。

そこで、コミュニティで得られたユーザーの声を社内展示室に掲示するなど、社員が顧客のリアルな想いに触れられる場づくりを推進し、ユーザー起点で考える文化が少しずつ社内に浸透し、部門横断で顧客理解に取り組む動きや、新たなコミュニティ形成の挑戦へとつながっていきました。

ヤマハ発動機 木下拓也氏と永田智美氏

「白は売れない」を覆した、「子どもの岩盤浴」という声

――コミュニティでの対話から生まれた、具体的な商品開発のエピソードを教えてください。

永田:象徴的なのが、ホワイトカラーのチャイルドシートの市販化です。

従来、社内では「白いシートは汚れが目立つため、絶対に売れないだろう」という仮説が非常に強く、提案しても商品化には至っていませんでした。

しかしコミュニティ内でアンケートやインタビューを行ったところ、お母さん・お父さんたちから集まったのは「夏場、黒いシートは熱くなりすぎて子どもを乗せるのが可哀想。まるで岩盤浴のようになっている」という生活の切実さが伝わる言葉でした。

木下:「子どもの岩盤浴」という言葉は強烈でしたね(笑)。メーカー側が狙って作った言葉ではなく、実際の生活者の切実な日常から出た言葉だからこそ、開発や営業の意識を一気に変えるインパクトがありました。

それまでは、白か黒かという見た目や汚れの話として議論されていました。しかし、お客さまの声によって、白いシートは子どもを夏の熱さから守るための機能的な価値を持つものだと、議論の軸が変わりました。開発、デザイン、営業などの関係者が納得できる理由が生まれ、ホワイトカラーのチャイルドシートの商品化につながりました。

――コミュニティがあったからこそ、見えた声なのでしょうか。

永田:はい。一度のアンケートに答えていただくだけではなく、普段からPASのある生活を投稿してくださっているからこそ、言葉の背景まで理解できます。誰が、どのような状況で、なぜ困っているのか。その文脈があることで、声の解像度が上がります。

コミュニティでは、メーカー側が聞きたいことだけを質問するのではなく、お客さま同士の自然な会話も蓄積されます。そこで生まれた言葉には、社内で用意した選択肢だけでは拾えない発見があります。今回も、お客さまの声が単なる要望ではなく、社内の固定観念を見直し、意思決定を前に進める根拠になりました。

ヤマハ発動機 コミュニケーションプラザ館内

会員の3割が未購入者。リアルな本音が「不安」を「安心」へ変えるブランドスイッチ

――既存のお客さまを理解する以外に、購入への影響もありましたか。

永田:非常に面白い発見だったのが、コミュニティ会員の約3割が「まだPASを持っていない購入検討層」である点です。

現在、製品ページ上にコミュニティへのリンクを設置しているのですが、購入を迷っている方がWebサイトを訪れた際、コミュニティの存在を知って登録してくださっています。

木下:メーカーが発信するカタログスペックや広告は、どうしても買わせようとしているという警戒感を抱かれがちです。しかしコミュニティには、実際に使っているお客さまが、良い点も困った点も含めて率直に投稿しています。その本音が、購入を検討する方にとって信頼できる判断材料になります。

検討中の方は、最初は自分に使いこなせるか、購入後に困らないかという不安を持っています。しかし、利用者の投稿を読むことで不安が安心に変わり、似た生活を送る人の体験に共感し、やがて「自分もこのような暮らしをしたい」という憧れが生まれます。「購入後も相談できる」「同じ製品を使う仲間がいる」と感じられることも、最終的な選択を後押しします。

永田:実際に、コミュニティの楽しそうな様子を見てPASを購入したという声や、他社製品からPASへ切り替えたという声も届いています。売上を直接の目的として始めたわけではありませんが、お客さまの生活に向き合う場をつくった結果として、購入につながる動きも生まれました。

最近では、自転車の交通ルール厳罰化に伴い、コミュニティ内の交通安全・安全利用情報へのアクセスが高まっています。製品情報だけでなく、購入後も安全に正しく乗っていただくための情報を継続的に発信し、信頼いただける情報拠点となれるよう努めています。

Communeの担当者から見た、二つの強み

――支援を担当するCommuneから見て、特に素晴らしいと感じる点を教えてください。

春山:大きく2点あります。

一つ目は、製品スペックを訴求して買っていただくことだけではなく、購入後にPASを好きになっていく生活体験を大切にされていることです。

コミュニティに参加される方全員が、最初から高い熱量で会話したいわけではありません。「自分にとって役に立つ場所なのか」を見極めている層もいらっしゃいます。その中でYamaha PAS Lifeは、単に製品のスペックや凄さをアピールするのではなく、自転車に乗ること自体の楽しさやライフスタイルの提案を重視されています。また、「自転車部」のようにコアなメカニック好きのニーズを満たす場を用意する一方で、交通安全コンテンツや初期体験の改善など、安心して使い続けるための価値も提供しています。コアなファンだけでなく、読むことから始める方にとっても、自分の選択を肯定できる場になっています。

コミューン 春山椋介

ふたつ目は、データを活用しながら、腰を据えて社内を巻き込んできたことです。「社内にコミュニティの価値をどう伝えるか」「どのようなデータがあれば事業部が動けるか」について、私たちとも継続的に議論を重ねてきました。短期的な成果を急がず、データと実践を積み重ねたことが、事業部門による継続的な活用につながり始めていると感じています。

一時的な施策から「公式リサーチ基盤」へ

――当初「研究」として始まった取り組みは、現在どのように事業部へ引き継がれているのでしょうか?

永田:現在、SPV(Smart Power Vehicle)事業部のビジネス部・商品企画グループへ、コミュニティの役割と運用の移管に向けたプロセスを進めています。

事業部門でも、コミュニティを一時的なマーケティング施策ではなく、常時お客さまの声を聞き、新しい価値や商品を共につくるための顧客理解・定点リサーチの場として捉えています。担当者も配置し、現在は運営面でも連携しながら継続的な活動として根付かせる取り組みを進めています。

従来の商品企画では、どうしても製品カテゴリーを起点にお客さまを分類し、そのカテゴリーの中で課題を探すことが多くなります。一方、コミュニティをフラットに見ていると、製品カテゴリーや属性を越えて、多くのお客さまに共通する生活上の課題が見つかることがあります。製品を起点とした見方のバイアスを外し、お客さまの暮らしから課題を捉え直せることも、継続する価値だと感じています。

部門を越えた共創(ヤマハ発動機さまご提供)

(ヤマハ発動機さま ご提供)

――今後、どのような場にしていきたいですか。

永田:一時的な取り組みではなく、息長く続く場にしたいと考えています。例えば、今後電動アシスト自転車の事業に加わる社員が、最初にコミュニティへ登録し、お客さまの姿や声を知る。そうした研修の場としても活用できるかもしれません。

開発や商品企画に携わる人にとって、必要なときだけ調査結果を見るのではなく、普段からコミュニティでお客さまと向き合うことが当たり前になる。そんな文化が根付くことで、お客さまの生活により寄り添った商品やサービスづくりにつながっていけたらと思っています。

製品を「売り切った先」に、本当の感動創造がある

――最後に、同じように製造業・BtoBtoCの構造で顧客理解に悩む企業へ、メッセージをお願いします。

木下:従来の製造業のビジネスは、「製品を売り切るまで」に焦点が当たりがちでした。しかし、15万円の電動アシスト自転車を買っていただいたとして、本当の感動創造が生まれるのは、お客様が買った後の日常生活の中で使ってからです。

コミュニティという手段があることで、メーカーは買った後の体験価値に寄り添い続けることができます。

短期的な売上KPIだけを追い求めると、コミュニティを続けること自体が難しくなるかもしれません。まずは自社の都合でつくった「顧客目線」を疑い、お客さまの生活を継続的に理解する場として位置づける。その積み重ねが、商品開発や商品選択、社内の意識変革という形で、結果的に事業へ返ってくるのだと思います。

永田:お客さまを調査対象として見るだけでなく、一緒に考えるパートナーとして向き合うことが大切です。コミュニティを通じて、お客さまの言葉を直接聞き、その背景にある生活まで理解する。そして、得られた気づきを社内のさまざまな部門へ循環させる。そうした関係を長く育てていきたいと考えています。

取材の様子

――本日はありがとうございました。

コミュニティ運用、お困りではありませんか?

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